Konifar's ZATSU

私はのび太の味方じゃないわ、悪の敵よ

タスクの委譲における信頼と伴走の設計

息子氏がスプーンやフォークで一人で飯を食えるようになってめちゃくちゃ楽になった。素晴らしい権限委譲だ。ヤッタネ!!

自分はタスクを人にお願いするのが未だに得意ではない。息子氏がスプーンで飯を食えるようになったのも、嫁氏がスプーンを持たせて少しずつやらせていったという要因が大きい。自分は朝の忙しい時などついアーンさせてしまうことも多かった。

この「自分でやった方が早い」、あるいは「相手にはこのタスクはまだできない」という思い込みが、タスクの委譲をうまくできない根本の原因である。できるかどうかはやってみないと判断できないにも関わらず、お願いする前から決めつけてしまっているのである。

そもそも何かのタスクを委譲しようとする時、それは相手にとって初めての内容であることが多い。なので基本的にはお願いしてみないことには何も始まらない。相手を信頼して任せた上で、うまく進めるための設計を考える必要がある。

信頼という点では、何をもって委譲できると信じるのかが重要である。これは、相手のことをよく見ていないとわからない。具体的に言えば、『スキルと意欲に関する事実』を見極める必要がある。

スプーンで飯を食う息子を例にすると、「これまでなんだかんだコップで水も飲めるようになったし手掴みで食べられるようになったよなあ」とか「俺が料理してる姿を真似ておままごとしてたりするよなあ」というのがスキル面で信頼しうる事実である。ちゃんとコミュニケーションを取っていると、彼ならやれるかもしれないと思わせる何かが見えてくる。

仕事で言えば、「個人でアプリ開発してるって言ってたよなあ」とか「面白い記事をよくSlackに投げ込んでいてアンテナ高いよなあ」とか、直接そのタスクと関係がないことでもタスクをお願いするにあたってかぶる領域がある。

スキルに加えて、意欲も重要である。「相手はやりたくないんじゃないかな...」と考えてしまって委譲できないこともある。これも結局相手のことをよく知るしか方法はない。スキルと意欲について知るための設計が重要になる。雑談や1on1、チームラーニング、評価での対話など、色々な方法がある。Slackのやりとりをよく見るというやり方もあるが、ちょっとコストがかかりすぎるのでやめた方がよい。

とはいえ、委譲における信頼は最終的には決めの問題で、エイヤとお願いしてみるしかない。相手自身もできるかどうかやりたいかどうかをよくわかってないこともある。

お願いするにあたって重要なのが、『意義の伝達と伴走の設計』になる。何のためのタスクなのか伝えた上で、うまく進めるための進め方を決めるという話である。

何のためにやるかがすり合っていないと、お願いしたタスクのアウトプットイメージがずれることがある。委譲する時にはやり方のみを伝えがちだが、意義を明確にして伝える方がよい。組織によってはマニュアルの最初に『なぜ必要か』『背景』といった項目をテンプレにしてるところもあると思う。

委譲が苦手という人の中で一番多いのが、『伴走の設計がうまくできない』というパターンなのではないかと思う。自分はまさしくこれに当てはまる。

たとえばスプーンで飯を食うという動作を分解すると、『スプーンの向きを意識して持つ』、『お椀に突っ込み飯をすくう』、『口まで持っていく』、『口から抜く』という手順になる。『飯をすくう』ところまでをフォローすれば、『口まで持っていく』部分はできることはすぐにわかった。なのでまずはスプーンに飯を乗せるところだけは手をとってやってあげることを繰り返していくことで、次第に10回に2回くらいはひとりでできるようになる。そういったストレッチを繰り返して委譲を進めていくのである。

仕事ではこんな単純な話ではないことも多いけれど、詰まりそうなポイントを想定しておくことが大事。最初に一緒にロールプレイングしたり、あるタイミングで状況をチェックする予定を入れたり、相談や共有の時間を定期的に取る時間をとったり、そういった伴走の設計が委譲する側には求められる。ちなみにこの設計はキャッチアップが遅いと自認している人の方がうまくできるのではないかと思っている。詰まりポイントを実体験を伴って想定できるからである。


苦手分野に関して頭の中を整理するためにガッと書いてきたが、山本五十六の名言が全てを表している。

やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。 話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。 やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず。

ちなみに次は息子氏に靴下を履いてもらえないかと画策中で、彼はようやく靴下には穴が開いているということに気づき始めたところである。