組織体制を考える上で、役割を決めて責務を明確にするやり方をとることがよくある。役職ではなく役割。
そういう時、どうしても今のメンバーのケイパビリティなど "アサイン" を制約条件として考えがち。考える順番を強く意識したほうがいいという話を雑に書いてみる。
考える順番は役割が先、アサインが後。
「やりきれるかはわからないけど未来のことを考えるといまこういう役割を置いて遂行するべき」みたいな考え方にすべきで、最初にアサインから考えてはいけない。
実際には "実現性" の観点でアサインしてやりきれるかを意識して決めなければいけないのでは?と感じると思う。それはそう。けどそんなん嫌でも考えるやろ。いま目の前で見えてる現実の制約なんだからさ。だからこそ、かなり意識して "あるべき役割" を先にイメージしたほうがいい。
そうすると、めちゃくちゃ不安になると思う。アサインして役割をお願いした相手がうまく全うしてもらえるかなとか、負担に感じすぎちゃわないかなとか。よくメンバーを見ている人ほど本当にいいのかなと考えちゃうと思う。
これは正しい悩みで、そういう決めにくいことを決めて物事を無理やり前に進める必要があるからマネジメントの "役割" を置いてるんだよな。悩みで止まって何とかする設計を考えることを放棄してはいけない。たとえば役割と狙いの明文化、お願いする役割によっては昇級昇格の方針整理、フォローアップのための会議体の設計、率直なフィードバックと補正のための自分自身のスキル向上とか。自分がコントロールして何とかするやり方は実は色々ある。大変でやりたくないなと思っちゃうけどね。
もともと自分もこんな考えだったわけではない。過去に同僚氏が「その役割を今お願いするのは無理あるやろ」みたいなアサインをして、決めたら意地でもうまくいかせるみたいな動きをよくしてたんだよね。自分から見ると、アサインされたメンバーもなんだかイキイキしているように見えた。たしかに、何かをお願いされるって緊張もあるけど頼られてるみたいで嬉しさもあるかもしれない。
それを見ていて、自分が現実的な組織のケイパビリティをかなり意識した "アサイン" から発想していたことに気づいた。全然物事をいい方向に進められていないような不甲斐なさを感じて、ちょっと考え方を変えたほうがいいんだろうなと思い始めたのがきっかけである。
正直いまだに全然慣れていなくて、役割とかアサインとか考えるのは今でもちょっと傲慢なような気持ちになることもある。けれど、一定以上の組織で事業、プロダクト、組織の無数の課題を皆でワケワケして倒していくことを考えると、ある程度は役割を決めてお願いしていく形がよいと腹落ちしてもいる。まあこれもひとつの "役割" だよね。役割が先にあって、自分自身の能力が追いついていないアサインだからこういう悩みを感じるんだろうね。悪くない。