最近「リーダーが意図的に "弱みを見せる" ことも必要」という記事を何度か読んだ。例) リーダーが弱点を見せるべき理由
自分はこれに対して少し懐疑的というか、本来の狙いと違った解釈になりやすい表現だなあと感じていて、雑に考えを吐き出しておきたい。
この話は、「リーダーが自ら完璧ではない姿を見せることで誠実さが伝わって信頼が増し、チームの発言のハードルも下がって協働が加速する」といった趣旨の内容だと理解している。
これ自体はそうかもなあと思うものの、「だからリーダーは弱みを見せるとよい」と言われると、それは違うやろと思ってしまう。
たとえば「自分はリーダーの役割としてやっているけど全然すごくはない」みたいな話をまわりに伝えるのは、悪いとは言わないけれどチームにそんなにプラスの効果をもたらさないと思う。これは弱いリーダーシップ像を晒しているだけで、リーダー自身の気持ちの整理くらいにしかならないんじゃないかな。
あるいは、「失敗した話を自ら話す」というのはどうか。伝え方によっては、チームメンバーからの相談のハードルが下がったり、新しいことや難しいことにチャレンジしやすくなったりするかもしれない。けれど、あえて「失敗した話を開示していくぞ」みたいなスタンスで行動するのは違う気がする。
自分の考えでは、 "弱みを見せる" というのはそんなに特別なものじゃない。「背伸びしすぎない」、「知ったかぶりしない」、「謙虚でいる」、「裏表なく接する」、「間違ったら謝る」、こういった振る舞いの中で "必ずしも完璧ではない姿" が自然と滲み出て伝わるものだと思う。
その積み重ねによって、リーダー自身が過渡期で学び続けていることや、チームメンバーの意見を尊重し歓迎していることが少しずつ伝わりチームの当たり前になっていくことに価値がある。
一方で、"弱みを見せる" という考え方は、リーダーが "完璧なフリをしない" ように意識づける補助線としては有効かもしれない。リーダーは責任感からか完璧に振る舞おうとしすぎる傾向があるからである。
ただ、リーダーとしての役割を全うするというのが大前提で、これが疎かに見える状態で "できていない自分" を開示しても意味がない。とにかくできない自分をありのままに開示して「あの人は本当にダメだから自分がやってあげないと」と思わせるような稀有な才能を持ったリーダーもいるとは思うが、これは本当に稀。真似してできるものではない。
変に "弱みを見せる" という意識を持たないほうがいいのだと思う。意識してそんなことをせずとも、リーダーとして物事を前に進める意思決定をする際に、その経緯を論理的に整理しつつ葛藤した部分も含めて丁寧に開示し説明していくだけでいい。
結果としてそれが各記事の中で語られている "弱みを見せる" と同じようなよい効果をチームにもたらすんじゃないかと思う。