強制されていないことを勝手に強制されていると思い込んでチョット怒ってしまい、あとで恥ずかしくて ウワアアァァァ!!!! となったことが何度かある。
今は全く発生しなくなったのだけれど、自分の黒歴史と対処法を思い出しながら雑に書いてみる。
たとえば何かのレビューなどで「ここはこうしたほうがいいと思うんですけどどうですか?」と言われたとする。これはただの指摘と確認で「直せ」と言われているわけではないし、何かの対応を強制されているわけでもない。なのに、なんだか強制力のある内容と捉えて勝手に憤って、防御姿勢を取ってしまったりする。
仕事に限らず、パートナーとのコミュニケーションでも同じ。一緒に話してすり合わせればよいだけの話を、少し相手に何か言われただけで勝手に自分の対応を強制されていると感じてムッとしてしまったりする。
こう書くとなんだか怒りっぽい人みたいだけれど、人によって程度の差はあれわりと起きがちな気がする。がんばることを強制されていると感じたりとかもそう。勝手に自分でそう解釈してしまっただけで、落ち着いてみると強制されているなんてことはなかったりする。
こうなってしまう理由は、身体的精神的に余裕がなかったり相手との関係を構築できていなかったりと色々あると思う。
自分の場合は、「基本的にあらゆることを自分でコントロールできる」というスタンスでいるようになってからあまり発生しなくなった。実際には本当に動かせない定数であることもあるんだけれど、実は自分で選択できたりうまく振る舞って変更できたりすることはとても多い。決まり切ったものだと思い込まずに、まず自分の行動で変えられると考えてみることが大事。
昨今こういう話をすると、「物理出社方針は強制でコントロールできんやろ」と思う人がいるかもしれない。それはそう。たしかに出社方針は会社で決められたルールで強制力のある話かもしれない。大事なのは「強制されていて全く動かせない」と早とちりしないことであって、本当に強制ならそれは仕方ない。出社方針について言えば、もしかしたらまだ実験フェーズでフィードバックを求められている段階で、"ずっと変わらず" 強制かというとそうではないかもしれない。そういうことを落ち着いて考えてみるといい。
何事も自分では変えられないと考えてしまうのはもったいない。自分でコントロールして選択肢を広げられると考えておくほうが精神的に楽だし幸せを感じやすい気がする。強制されていないことを勝手に強制されてると思い込んで怒らないようにしていこうな。
ここまでざっと書いてきたが、これはただのスタンスの話でスキルの話ではないのでなんだか何も言っていないような気もしてきた。スキルの話は ロジカルになりたいならとりあえず書かれてないことを読み取らない技術を身に着けろ|sumiren で素晴らしく端的に説明されているのでそっちを読んだほうがいいと思う。